力強い表情と勇猛な姿 菅谷館跡 畠山重忠公像

菅谷館跡 畠山重忠公像は、埼玉県比企郡嵐山町菅谷にあるコンクリート像です。

菅谷館跡

畠山重忠は、源平争乱から鎌倉幕府創立期にかけて、多くの武勇や逸話を残した有名な武将です。菅谷館跡は、畠山重忠が居住した地と伝えられています。

菅谷館跡 畠山重忠公像

菅谷館跡 畠山重忠公像は、1929年に造られた、菅谷館跡・二ノ郭の土塁上に建つ、コンクリート製の像です。2011年度に嵐山町の文化財に指定されました。畠山重忠公像は、力強い表情と勇猛な姿を表しています。

菅谷館跡 畠山重忠公像

菅谷館跡を訪れた際は、ぜひ畠山重忠公像を間近でご覧ください。

機会があれば、再度来てみたいですね。

それでは、また。

歴史ロマン漂う戦国時代の城郭 菅谷館跡

菅谷館跡(すがややかたあと)は、埼玉県比企郡嵐山町菅谷にある史跡です。

菅谷館跡

菅谷館跡は、比企丘陵のほぼ中央、都幾川の清流を眼下に望む場所にある史跡です。菅谷館跡は、鎌倉時代に武蔵武士の畠山重忠が居住した所と伝えられています。

埼玉県立嵐山史跡の博物館

菅谷館跡には、約13万平方メートル(東京ドーム約3個分)に及ぶ広大な敷地に、土塁や堀などの遺構が残されています。1973年に国の史跡に指定されました。中世日本の城郭を知る上で貴重な史跡です。

埼玉県立嵐山史跡の博物館

菅谷館跡は、埼玉県立嵐山史跡の博物館の建物の奥、南側にあります。菅谷館跡と埼玉県立嵐山史跡の博物館を合わせて見学することで、比企地域の戦国時代の歴史についてより深く理解することができます。

菅谷館跡 二の郭

菅谷館跡 二の郭は、菅谷館跡の中心的な郭の一つです。本郭の北側に位置しています。東西約250メートル、南北20から50メートルの細長い形の郭です。

菅谷館跡 本郭

菅谷館跡 本郭は、畠山重忠の居城跡とされる菅谷館跡の中心的な郭です。この平坦な土地は、かつて重忠の屋敷や家臣たちの住居が立ち並んでいた場所と伝わります。周囲は高い土塁と深い堀に囲まれ、堅牢な造りとなっています。

菅谷館跡

菅谷館跡のある台地の南側は、都幾川の流れにより浸食されて切り立った崖になっています。東側と西側には、台地に直行する谷が幾筋も形成されて、菅谷館跡は、これらの地形を巧みに利用し、複雑な縄張りを構成しています。

菅谷館跡

目を閉じれば、重忠や家臣たちがこの場所で生活していた様子が目に浮かびます。歴史ロマンに浸りながら、想像力を膨らませるのも楽しいですね。

菅谷館跡

菅谷館跡は、鎌倉時代の武将、畠山重忠の栄枯盛衰を今に伝える貴重な存在です。

機会があれば、再度来てみたいですね。

それでは、また。

比企地域の豊かな歴史を体感できる博物館 埼玉県立嵐山史跡の博物館

埼玉県立嵐山史跡の博物館は、埼玉県比企郡嵐山町菅谷にある博物館です。

埼玉県立嵐山史跡の博物館

埼玉県立嵐山史跡の博物館は、菅谷館跡(すがや・やかたあと)を中心とした中世の歴史資料を展示する博物館です。鎌倉時代の武将・畠山重忠ゆかりの地、菅谷館跡に隣接する埼玉県立嵐山史跡の博物館は、歴史と文化の宝庫です。

埼玉県立嵐山史跡の博物館

埼玉県立嵐山史跡の博物館では、鎌倉時代の館跡や寺院跡、戦国時代の城郭跡、供養と埋葬などのをテーマとし、出土資料などを通じて、中世(平安時代末期から戦国時代の終わりまで)の埼玉県域の歴史を再現しています。

埼玉県立嵐山史跡の博物館

エントランスホールには、「比企地区の城館跡群」のコーナーがありました。ここでは、菅谷館跡(嵐山町)、杉山城跡(嵐山町)、小倉城跡(ときがわ町)、松山城跡(吉見町)の4つの比企城館跡群を、写真や立体模型、分布地図などを使って紹介しています。

埼玉県立嵐山史跡の博物館

展示室の入口は、天井が高く開放的な空間が広がります。展示室に入る前から、歴史探訪への期待が高まります。

埼玉県立嵐山史跡の博物館

畠山重忠(はたけやま しげただ)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した武将です。鎌倉幕府の有力御家人で、知勇兼備の武将として知られています。この畠山重忠のロボットは、センサーが反応して、語り始めます。重忠ロボットが語る自身の生涯と、展示室の紹介を聞くことができます。

埼玉県立嵐山史跡の博物館

嵐山史跡の博物館に展示されている「回転劇場~太平記絵巻にみる戦支度~」は、鎌倉幕府の滅亡から南北朝の統一までの戦乱を描いた「太平記絵巻」を題材としたな展示です。

埼玉県立嵐山史跡の博物館

演劇の舞台装置のように回転する4つの場面を通して、武蔵武士の勇壮な戦いの様子をリアルに体感することができます。各場面には音声解説が付いており、戦いの状況や登場人物の説明を聞くことができます。まるで戦場にタイムスリップしたかのような臨場感で、戦いの様子をより深く理解することができます。

埼玉県立嵐山史跡の博物館

展示室では、国指定史跡 比企城館跡群(菅谷館跡・杉山城跡・小倉城跡・松山城跡)に関する展示が充実しています。比企城館跡群は、戦国時代の武蔵国における重要な拠点で、日本の城郭史を考える上で貴重な資料となっています。

埼玉県立嵐山史跡の博物館

嵐山町山根遺跡では、4,000枚の埋蔵線が発見されています。この1つにまとまって出土する大量の銭は、埋蔵銭、あるいは備蓄銭と呼ばれます。戦では、軍備のほか兵糧の確保などにも莫大な費用がかかりました。地中に保存された埋蔵銭は、軍資金になる予定だったのかもしれません。

埼玉県立嵐山史跡の博物館

埼玉県立嵐山史跡の博物館は、比企城館跡群について学び、日本の歴史に触れることのできる博物館です。

機会があれば、再度来てみたいですね。

それでは、また。