荒川知水資料館アモア 1階 新しい荒川に出会うフロア

荒川知水資料館アモアは、東京都北区志茂にある資料館です。

荒川知水資料館アモア

荒川知水資料館アモアは、荒川という大きな川が東京の街を形作り、人々の暮らしに深く関わってきた歴史や、自然の力との共存について学ぶことのできる資料館です。荒川と新河岸川に囲まれた立地にあるため、荒川や新河岸川を間近に感じることができます。

荒川知水資料館アモア 1階 新しい荒川に出会うフロア 流域航空写真図

館内に入ると、荒川の上流から下流まで俯瞰できる、流域航空写真図が展示されています。上流では川は狭く、岩だらけの岸と緑豊かな植生が見られます。川が下流に進むにつれて、川幅は広くなり、街中へと流れ、そして海へと注がれます。

荒川知水資料館アモア 水槽コーナー

荒川知水資料館アモアには、北区の荒川で泳ぐ魚をじっくり観察することのできる水槽コーナーがあります。このコーナーでは、荒川に生息する魚を実際に見て、その生態や特徴を学ぶことができます。また、魚の種類や大きさ、色など、様々な視点から観察することができます。

荒川知水資料館アモア 自然学習スペース

1階には、自然学習スペースがあり、荒川で見られる昆虫の標本と鳥の彫刻があります。昆虫の標本は、種類や大きさ、色など、様々な視点から観察することができます。鳥の彫刻は、荒川に生息する鳥をリアルに再現しています。生きもの図鑑も置いてあります。生きもの図鑑は、荒川に生息する生きものについて詳しく解説しています。

荒川知水資料館アモア

荒川知水資料館アモアには、2階と3階もあるので、行ってみたいと思います。

川口市立文化財センター分館 歴史自然資料館

川口市立文化財センター分館 歴史自然資料館は、埼玉県川口市赤山にある資料館です。

川口市立文化財センター分館 歴史自然資料館

川口市立文化財センター分館 歴史自然資料館は、赤山・安行周辺の産業や郷土川口の歴史、伊奈忠治氏の歴史を紹介する資料館です。歴史自然資料館は、イイナパーク川口の園内にあります。

川口市立文化財センター分館 歴史自然資料館

歴史自然資料館は、有名な建築家の「ホワイエ」の設計です。ホワイエは、建物の玄関や出入り口近くに広くとられる広間です。緩やかにカーブするガラス壁は、南西側に面し、夕日が差し込むように設計されています。光と影が織りなすドラマティックな空間が広がります。

川口市立文化財センター分館 歴史自然資料館

ホワイエにある展示室は、レンガの家、土の家、木の家の3つの棟で構成されています。3つの棟は、それぞれ異なる素材で造られ、それぞれに異なる表情を持っています。

川口市立文化財センター分館 歴史自然資料館

歴史自然資料館のレンガの家は、映像ギャラリーとして、川口市の産業を紹介する映像を上映しています。

川口市立文化財センター分館 歴史自然資料館

土の家では、「赤山渋を知る」と題する企画展が行われていました。赤山渋は、埼玉県川口市を中心に生産されていた渋柿を原料とした渋柿染料です。赤山渋は、深い黒色と光沢が特徴の渋柿染料です。

川口市立文化財センター分館 歴史自然資料館

赤山渋を作る過程は、渋になる柿探しから始まり夏の暑い時期に作業をすることから、なかなか一朝一夕にいかない地道な活動が必要になります。赤山渋は、耐久性に優れ、古くから木製品や和紙、衣服などの染料として使用されてきました。

川口市立文化財センター分館 歴史自然資料館

赤山渋は、江戸時代初期に伊奈忠治によって開発されたとされています。伊奈忠治は、川口市周辺を治めていた領主で、農民に渋柿の栽培を奨励しました。伊奈忠治の紹介コーナーでは、伊奈忠治のゆかりの地やその功績をパネルを用いて詳しく紹介しています。

川口市立文化財センター分館 歴史自然資料館

土の家では、埼玉県で観察できる蝶や、「県の蝶」のミドリシジミ、過去に採集された珍しい蝶の標本が展示されています。展示されている蝶は約100種類に及び、パネルに整然と並べられています。

川口市立文化財センター分館 歴史自然資料館

川口市立文化財センター分館 歴史自然資料館は、川口市の歴史と自然を体感できるミュージアムです。

機会があれば、再度来てみたいですね。

それでは、また。

海老名の歴史に関する資料を展示 海老名市立郷土資料館「海老名市温故館」1階 考古・歴史資料

海老名市立郷土資料館「海老名市温故館」は、神奈川県海老名市国分南にある資料館です。

海老名市立郷土資料館「海老名市温故館」

海老名市温故館は、1918年に作られた郡役所様式建築の旧海老名村役場を1982年に資料館としてオープンした歴史ある施設です。館内では、海老名市内の考古・歴史資料や民俗資料を展示しています。

海老名市立郷土資料館「海老名市温故館」

海老名市温故館は、1918年に旧海老名村役場として建築された木造洋風の庁舎建築です。二階建寄棟造桟瓦葺(にかいだてよせむねづくりさんがわらぶき)という伝統的な建築様式を採用し、玄関ポーチの柱頭や破風板の装飾が特徴です。100年以上の歴史を誇る温故館は、2023年に海老名市の登録有形文化財に指定されました。

海老名市立郷土資料館「海老名市温故館」

1階では、相模国分寺の模型や秋葉山古墳群の資料、市内の遺跡で発掘された土器などをはじめ、海老名の歴史に関する資料を展示が展示されています。

海老名市立郷土資料館「海老名市温故館」

現在の海老名市内には、先土器時代から各時代にわたり、人間が生活していたといわれる遺跡が数多く分布しています。市内各地で発見された遺跡からは、生活用具としての石器や土器など多くの貴重な遺物が出土し、これら出土物を各年代順に整理し、展示しています。

海老名市立郷土資料館「海老名市温故館」

海老名の旧石器時代は、約3万8千年前から約1万年前までの長い期間にわたって続きました。当時の人々は、狩猟採集によって生活を営み、石器を用いて道具や武器を作っていました。海老名市では、これまでに多くの旧石器時代の遺跡が発掘されています。これらの遺跡から出土した石器は、当時の人々の生活や技術について貴重な情報を与えてくれます。

海老名市立郷土資料館「海老名市温故館」

館内には、七重の塔の模型が置かれています。この模型は、奈良時代に海老名にあった相模国分寺の七重塔を100分の1の大きさで再現しています。細部まで丁寧に作られていて、当時の七重塔の様子をよく再現しています。

海老名市立郷土資料館「海老名市温故館」

海老名市温故館の東側には、相模国分寺跡があります。相模国分寺跡は741年の「国分寺建立の詔(みことのり)」を受けて全国60か所余りに建設された国分寺・国分尼寺の一つです。当時、相模国分寺には、高さ約65メートルの七重塔や金堂が設けられていました。

海老名市立郷土資料館「海老名市温故館」

その相模国分寺跡は、窓の向こう側に望むことができます。相模国分寺跡は、当時の繁栄を偲ばせる貴重な景色です。かつてそこにそびえ立っていた高さ約65メートルの七重塔を想像すると、歴史の重みを感じることができます。

海老名市立郷土資料館「海老名市温故館」

金銅製水煙は、1992年の発掘調査で相模国分寺跡から出土し発見されました。塔の先端に取り付けられた相輪の一部の水煙は、これまで十数点出土し、そのうちの1点は表面に鍍金が残る保存状態の良いものです。水煙は、火炎(かえん)をデザインしたものですが、火炎は火事を想起させ、縁起が悪いため水煙と呼ばれています。展示されている水煙には、塗られた金が今でも残っています。

海老名市立郷土資料館「海老名市温故館」

館内では、1966年に撮影された海老名市の航空写真を展示しています。海老名駅周辺は、現在よりもずっと小規模な市街地でした。商店や住宅が建ち並んでいますが、高層ビルは見られません。 座間川や相模川などの河川が流れていて、周辺には田んぼや畑が広がっています。現在の海老名市と比較することで、著しい発展を肌で感じることができます。

海老名市立郷土資料館「海老名市温故館」

海老名市温故館の2階には、民俗資料が展示されているので行ってみたいと思います。

それでは、また。