歴史と自然が交差する場所 ふじのくに田子の浦みなと公園 歴史学習施設 ディアナ号

ふじのくに田子の浦みなと公園 歴史学習施設 ディアナ号は、静岡県富士市前田にある博物館です。

ふじのくに田子の浦みなと公園 歴史学習施設 ディアナ号

1854年、ロシア軍艦ディアナ号が安政東海地震の影響で大破し、修理のため戸田港へ向かう途中で富士市宮島沖に漂着しました。地元の人々が乗組員を救助したことがきっかけとなり、富士市とロシアの交流が始まりました。ディアナ号はその後、駿河湾で沈没しましたが、この歴史を学ぶことができる施設が、ふじのくに田子の浦みなと公園 歴史学習施設 ディアナ号です。

ふじのくに田子の浦みなと公園 歴史学習施設 ディアナ号

歴史学習施設 ディアナ号は、ふじのくに田子の浦みなと公園の中央にあります。公園内にそびえ立つドラゴンタワーからは、ディアナ号の全景を望むことができます。上空から見ると、実際のディアナ号の姿をイメージしやすくなります。

ふじのくに田子の浦みなと公園 歴史学習施設 ディアナ号

外観はディアナ号を3分の1スケールで再現したものですが、扉を開けるとそこは歴史学習施設になっています。当時の出来事やディアナ号の歴史に関する資料が展示されています。

ふじのくに田子の浦みなと公園 歴史学習施設 ディアナ号

内部は部屋のような造りになっており、壁には説明パネルが並んでいます。パネルにはディアナ号の遭難、救助、沈没、さらにロシアとの交流について詳しく書かれています。

ふじのくに田子の浦みなと公園 歴史学習施設 ディアナ号

展示の中には、ディアナ号の姿や当時の出来事を描いたイメージ画や写真があります。漂着したディアナ号、乗組員たちが救助される様子など、歴史の一場面を想像しながら見ることができます。

ふじのくに田子の浦みなと公園 歴史学習施設 ディアナ号

施設内の正面には映像スクリーンがあり、ディアナ号の歴史を映像で学ぶことができます。その脇には沿岸災害の歴史に関する展示もあり、特に高潮の被害について詳しく紹介されています。

ふじのくに田子の浦みなと公園 歴史学習施設 ディアナ号

ふじのくに田子の浦みなと公園 歴史学習施設 ディアナ号の特徴の一つは、再現されたディアナ号の甲板に登れることです。甲板からは広がる駿河湾の風景を眺めることができます。風が心地よく、当時の船員たちが目にしたであろう光景を想像しながら楽しむことができます。

ふじのくに田子の浦みなと公園 歴史学習施設 ディアナ号

ふじのくに田子の浦みなと公園 歴史学習施設ディアナ号は、日露友好の歴史を学べるだけでなく、駿河湾や富士山の美しい景色も楽しめるスポットです。当時の出来事に思いを馳せながら、ゆっくりと見学してみるのも良いでしょう。

機会があれば、再度来てみたいですね。

それでは、また。

世界三大記念艦の一つ 記念艦三笠

記念艦三笠は、神奈川県横須賀市稲岡町の三笠公園内にあります。

三笠公園

三笠公園は、「⽇本の歴史公園100選」に選ばれた横須賀を代表する公園で、園内には猿島への玄関口のほか、東郷平八郎の像、行進曲軍艦の碑、記念艦三笠など、当時の大日本帝国海軍に関連する施設がたくさんあります。

三笠

1902年にイギリスで建造された三笠は、日露戦争では東郷平八郎司令長官が乗艦する連合艦隊の旗艦として大活躍しました。

主砲 40口径30.5cm砲

主砲は、艦首に2門、艦尾に2門あります。

戦艦の象徴ともいえる大砲の砲弾の重さは400kg、最大射程は12kmで、主砲を動かす砲塔は厚さ35cmの防御鉄板に囲まれ、これを操作し発射するためには40名の人員が必要だそうです。

副砲の側にはハンモックがかけられていて、当時の砲兵はここで寝泊りしていたようですね。

観光客

甲板に出ると、ガイドの説明を熱心に聞いている観光客がたくさんいました。

記念艦三笠は、現存する世界最古の鋼鉄戦艦なので、外国人にも人気のある観光スポットですね。

猿島

遠くに猿島が見えます。

猿島は、東京湾要塞の猿島砲台跡が有名です。

連合艦隊がロシアのバルチック艦隊と戦った際に、東郷司令長官は敵の弾が飛来する中、危険をかえりみず周囲が見渡せる最上甲板で戦闘を指揮したそうです。

前部マスト

三笠には大きなマストが二本あり、後部マストは、地面からの高さは56メートルです。

登るのは怖いですが、上からの眺めは気持ちが良さそうですね。

乗船記念

イギリスの「ヴィクトリー」、アメリカの「コンスティチューション」、そして日本の「三笠」は、自国を守るための重要な海戦において勇敢に戦い歴史的な勝利を収めた世界の三大記念艦の一つです。

機会があれば、再度乗船してみたいですね。

それでは、また。

マーシャル諸島ビキニ環礁の水爆実験 第五福竜丸展示館

第五福竜丸展示館は、東京都江東区夢の島にある展示館です。

第五福竜丸展示館

第五福竜丸展示館は、漁船「第五福竜丸」を保存・公開するために設計された展示館です。第五福竜丸は、日本の遠洋マグロ漁船で、キャッスル・ブラボー実験の際に放射性降下物を浴びたことで知られています。

第五福竜丸展示館

第五福竜丸展示館は、東京都江東区にある夢の島公園内の一画に位置しています。夢の島公園は広々とした緑地が広がるリフレッシュスポットで、その中に歴史的な意義を持つ展示館が設置されていることで、平和や環境について考える場ともなっています。

第五福竜丸展示館

マーシャル諸島ビキニ環礁の水爆実験により被ばくした遠洋マグロ漁船の第五福竜丸は、「死の灰」(放射性降下物)が降りそそぎ、乗組員船員が被ばくしました。その後、第五福竜丸は東京水産大学(東京海洋大学)の学生の練習船「はやぶさ丸」となり、廃船処分後、東京都立第五福竜丸展示館が開館され、展示・公開されています。

第五福竜丸展示館

第五福竜丸は、当時の状態をできる限り保ちながら保存されているため、その歴史的価値が非常に高い船です。展示館で間近に見ると、船体の大きさや細部のディテールから、1950年代の漁船としての実用的なデザインを感じることができます。

第五福竜丸展示館 (2012/08/15)

2012年に訪れた時と比較しても、何ひとつ変わらない状態で保存されています。第五福竜丸展示館は、その保存方針として、当時の状態をできるだけ保つよう努力しています。展示内容や雰囲気が変わらないことで、当時の記憶や感じたことが鮮明に蘇りました。

第五福竜丸展示館

第五福竜丸展示館では、展示されている漁具や模型を通じて、当時の延縄漁の様子や漁船の内部構造がわかるようになっています。第五福竜丸が単なる被害の象徴ではなく、日々の暮らしや仕事の場だったことが伝わってきます。

第五福竜丸展示館

ビキニ環礁はマーシャル諸島に位置する環礁で、1946年から1958年にかけてアメリカ合衆国による核実験が行われた場所です。この期間中、23回の核実験が実施され、特に1954年3月1日に行われた「キャッスル作戦」の一環の水爆実験「キャッスル・ブラボー」は、広島型原爆の約1,000倍の威力を持つ核爆発を引き起こしました。この実験により、大量の放射性降下物(フォールアウト)が周辺地域に降り注ぎました。

第五福竜丸展示館

第五福竜丸は、乗組員23人全員が被ばくし、無線長の久保山愛吉氏が数か月後に急性放射線症候群で亡くなりました。この事件は「死の灰事件」として国際的な注目を集め、核兵器禁止運動のきっかけとなりました。

第五福竜丸展示館

第五福竜丸展示館では、当直日誌や船内で使用されていた生活用品、被ばく後に病院で療養していた乗組員に宛てた手紙が展示され、人々の生活と核被害について知ることができます。

第五福竜丸展示館

ビキニ環礁での核実験による放射性降下物、通称「死の灰」の実物が展示されています。この展示物は、放射線被害がどのように発生し、どれほど深刻だったのかを具体的に示す貴重な証拠となっています。

第五福竜丸展示館

当時使用された放射線測定器の「ガイガーカウンター」が展示されています。放射能測定の重要性を学ぶことができます。

第五福竜丸展示館

船体は陸上に固定され、船を間近で観察できる設計になっていています。展示館内を歩くと、第五福竜丸が体験した「歴史」を五感で感じることができ、当時の状況や被害の深刻さをリアルに感じることができます。

第五福竜丸展示館

第五福竜丸展示館では、船のスクリューを間近で見ることができます。船体が陸上に固定されているため、普段海上で見ることが難しいスクリューの詳細な構造を観察できるのは貴重な体験です。

第五福竜丸展示館 (2012/08/15)

スクリューは、海を切って進むための重要な部品です。その大きさや形状から、漁船としての力強さや実用性を感じ取ることができます。時代を経ても保存状態が良く、1950年代の船舶技術や設計の一端を知ることができます。

第五福竜丸展示館 (2012/08/15)

第五福竜丸展示館では、甲板の立ち入りが船体保護のため制限されていますが、船の横に設けられた階段を使うことで、甲板の様子を上から確認することができます。

第五福竜丸展示館

この工夫により、訪問者は甲板上の漁具や当時の作業環境を目にすることができ、第五福竜丸の歴史的な側面を間近に感じることができます。

第五福竜丸展示館

甲板には、延縄漁に使用されていたビン玉や延縄といった漁具が展示されています。これらの展示は、第五福竜丸がもともと漁船であったことを示していて、核実験の被害だけでなく、第五福竜丸が日々の漁業活動を支えた船としての姿を思い起こさせます。

第五福竜丸展示館

階段からの視点は、船全体をより立体的に観察できる貴重な機会となり、展示館の工夫が訪問者にとっての理解を深める役割を果たしています。

第五福竜丸展示館

第五福竜丸展示館は、その歴史的経緯から、小学校などの社会科見学の場としてもよく利用されています。ここでは、核兵器の被害とその社会的影響について学ぶことができるため、子どもたちにとって非常に教育的な体験の場となっています。

第五福竜丸展示館

第五福竜丸展示館には、モールス信号を試すことのできる体験型のコーナーがあります。当時の無線通信技術を学ぶことのできる貴重な体験コーナーで、乗組員が使用していた無線機や信号の仕組みを体感することで、通信手段の歴史や重要性を深く理解できる展示です。

第五福竜丸展示館

当時の船舶用無線電信送信機は、現代の通信機器と比べると非常に巨大です。展示館でこうした無線機を実際に見ることで、当時の技術の規模や通信手段の進化をリアルに感じることができます。

第五福竜丸展示館

書籍や資料、お土産を購入できるコーナーが設けられています。展示内容をさらに深く学んだり、平和や核廃絶に関する意識を持ち帰ったりするための大切な役割を果たしています。

第五福竜丸展示館は、核兵器の実態とその被害の深刻さだけでなく、核廃絶を目指す運動や平和の大切さについて学ぶことができる展示館です。

機会があれば、再度来てみたいですね。

それでは、また。

  • 2012/08/15 初版
  • 2024/01/21 更新