豊島区立 トキワ荘マンガミュージアムは、東京都豊島区南長崎にあるミュージアムです。
豊島区立 トキワ荘マンガミュージアムは、昭和を代表する漫画家が若手時代に暮らした木造2階建てのアパートを再現した博物館です。マンガやアニメ文化を次世代に継承し発信する「マンガの聖地としま」の拠点となるミュージアムとして2020年7月に開館しました。
本物のトキワ荘は、1952年に建てられ1982年に解体されましたが、近隣の観光スポットとなっている「トキワ荘 跡地碑」の場所に実在していました。トキワ荘マンガミュージアムでは外壁の塗装などを一つ一つ忠実に再現しています。緑色の窓枠でバルコニーがなく、物干し竿も置くことのできない窓はこの時代を印象付ける要素の一つですね。
エントランスを入ると玄関があり、そこから急階段が2階へと伸びています。建物のエイジング感が施され、階段にはきしむ音が再現されています。登ってみるとギシギシと音が出ます。
2階は木造アパートのトキワ荘をリアルに体験できるフロアです。まるで昭和の時代にタイムスリップしたかのような光景がありました。外観も内装も、忠実に当時のトキワ荘を再現していますね。
トキワ荘の台所は共同だったそうです。今はビルドインのコンロが主流ですが、この時代はガス管が使われています。「ガス管をくわえる」という表現は、今となっては過去の表現ですね。
トキワ荘のトイレは共用で、風呂ありませんでした。住人たちは、近くにあった「鶴の湯」という銭湯に通っていたそうです。
トキワ荘が当時の豊島区椎名町(今は南長崎)にあった時代の物価の一覧がありました。値段はモノにもよりますが、ラーメンは20倍程度になっていますね。卵は物価の優等生といわれているように、数倍程度しか変わっていません。
トキワ荘の住人には手塚治虫氏、藤子不二雄氏、赤塚不二夫氏などの有名な漫画家がいましたが、藤子不二雄氏の出納帳によれば、食費と交際費の比率が多かったそうです。互いに刺激しあい、ライバルでありながらも、仲間として家族として切磋琢磨するトキワ荘に住んでいれば、人間と人間の繋がりの比重が多くなり、食べものやお酒などの交際費がかさむようですね。
2階の1室には、マンガ家の部屋を再現した場所がありました。この4畳半の大きさの部屋で漫画を描いていたそうですが、漫画を書くことに集中できる部屋の作りになっていました。
1階は、様々な角度からマンガを楽しめるフロアです。企画展示室があり、当時発刊されたマンガが展示されていました。撮影は原則禁止で、この鉄腕アトムのみ写真撮影可能でした。
訪問時、鉄腕アトム展が開催され、第1話が放映されていました。鉄腕アトムの名前は知っていても、物語の内容については詳しくなかったので、初めから最後まで見入ってしまいました。かなり泣ける話です。
ミュージアム内には観光地名物の記念メダル作成機があり、隣接する豊島区立 南長崎花咲公園 (トキワ荘公園)には当時の電話ボックスも展示されています。
昭和のマンガの巨匠が集い、若き青春の日々を過ごした伝説のアパートをリアルに再現した豊島区立 トキワ荘マンガミュージアム。
機会があれば、再度来てみたいですね。
それでは、また。