古き良き武蔵野の風景 徳冨蘆花旧宅

徳冨蘆花(とくとみろか)旧宅は、東京都世田谷区粕谷にある史跡です。

徳冨蘆花旧宅

徳冨蘆花旧宅は、明治の文豪で小説家の徳冨蘆花が居住した家屋です。その時の家屋は、土地や徳冨蘆花の遺品とともに東京市(当時)に寄贈され、現在まで残されています。

蘆花恒春園

徳冨蘆花は、移り住んだこの場所を「恒春園」と命名しました。その名前は現在でも引き継がれ、徳冨蘆花旧宅は、都立蘆花恒春園(ろかこうしゅんえん)の敷地内にあります。

母屋(茅屋)

徳冨蘆花旧宅のエントランスに入ると、茅葺き屋根の母屋があります。園内には徳冨盧花自身が植えた竹林やクヌギなどの雑木があり、古き良き武蔵野の風景が色濃く残っていますね。

梅家書屋

梅花書屋は1909年に蘆花が近隣の古家を購入し、移築したものだそうです。屋敷の名前は、西郷隆盛の書道の師である鮫島白鶴書の「梅花書屋」の額に由来し、母屋と踏石を渡って往復したと書かれていましたが、現在は渡り廊下で繋がっています。

秋水書院

さらに奥に進むと、明治時代のジャーナリストの幸徳秋水にちなんで命名された「秋水書院」がありました。1911年に移築された建物で、書斎と寝室として利用されていたそうです。

蘆花記念館

蘆花記念館は、家屋とともに寄贈された蘆花の作品の原稿や愛用品、手紙などの遺品を展示、公開する記念館です。

芦花記念館

写真撮影禁止となっていたので写真はありませんが、芦花記念館では数ヶ月ごとに企画展示が入れ替えられ、ボランティアによるガイドも定期的に実施されているそうです。

地蔵様

記念館の他にも、徳冨蘆花旧宅の東側には徳冨蘆花夫妻の墓碑がひっそりと佇み、蘆花記念館の目の前には立派な竹林があり、時期になると見事な紅葉を楽しむことができます。徳冨蘆花旧宅は、武蔵野の面影が残る貴重な場所ですね。

機会があれば、再度来てみたいと思います。

それでは、また。

北海道庁赤れんが庁舎(旧本庁舎)

北海道庁赤れんが庁舎(旧本庁舎)は、札幌市中央区にある建造物です。

北海道庁

1888年に建てられた北海道庁旧本庁舎は「赤れんが庁舎」の愛称で知られ、煉瓦づくりの旧本庁舎は、現在の新庁舎ができるまで約80年に渡って利用された歴史ある建物です。

エントランス

約250万個のれんがや、明治時代に作られたひずみのある窓ガラスは、まるでタイムスリップしたような感覚になりますね。

内観

館内は、玄関やホール、そして廊下や階段に赤い絨毯が敷かれた豪華な造りになっていて、二階には北海道の開拓に関する絵画が飾られ、明治の札幌の街を再現したジオラマなどもあり北海道の歴史を学ぶことができます。

記念室

歴代の長官や知事が執務を行っていた記念室には、椅子がたくさん並んでいますね。手のこんだ唐草模様の彫刻で飾られた出入口の枠や窓まわりはかなり作り込みがされている雰囲気がありました。

北海道庁赤れんが庁舎の夜間はライトアップが行われ、重厚な煉瓦づくりの建物が浮かび上がるように見えるそうなので、次回はその時間帯に来てみたいですね。

それでは、また。

日本最古の振り子時計 札幌市時計台

札幌市時計台は、北海道札幌市中央区にある歴史的建造物です。

外観

時計台の正式名称は「旧札幌農学校演武場」です。

1876年に開校した北海道大学の前身の札幌農学校が、学生に強い体力を養うことを目的として作った施設で、2階部分が演武場(体育館)になっています。

札幌市時計台

当初は時計塔はなく、授業の開始や終了を告げる小さな鐘楼が屋根の上にあっただけだそうですが、発注した塔時計の機械が予想以上に大きく、時計塔を造り直して設置したことが時計台の始まりだと言われています。

時計のサイズをしっかり確認しなかったことが時計台の起源なのは驚きですね。

エントランス

札幌市時計台は2階建てのコンパクトにまとまった感じの建物です。建築後100年以上経過しているので、歩くとギシギシと床が音を立てています。

展示室

1階には、「札幌農学校の全景模型」や「時計台の概要」などの資料が展示され、札幌市時計台に関する歴史について知ることのできる大展示室がありました。

振り子時計

2階には、演武場の広い空間の他に、実物の塔時計姉妹機が展示されています。

国の重要文化財に指定された「3867号機」は、稼働している国内最古の塔時計台装置で、1日のずれは1秒程度とのことです。

時計

重力を利用した振り子の動力で稼働する時計は、間近で見ると迫力がありますね。寒いと振り子が縮んで時計が進みやすく、夏は伸びて遅れやすくなるので、毎日を調整しているそうです。

日本最古の振り子時計がある札幌時計台。

機会があれば、再度来てみたいですね。

それでは、また。