皇室の伝統を受け継ぐ貴重な建造物 新宿御苑 旧洋館御休所

新宿御苑 旧洋館御休所は、京都新宿区内藤町にある建造物です。

新宿御苑 旧洋館御休所

旧洋館御休所は、皇族が新宿御苑内の温室で植物を鑑賞する際の休憩所として1896年に建てられました。1945年の戦災で園内の建物はほぼ焼失しましたが、旧洋館御休所は被害を免れ、戦後は1994年まで管理事務所として使われました。その後、歴史的・文化的価値の高い建物として2000年より保存改修工事が行われ2001年に完成し、同年重要文化財(建築物)に指定されています。

新宿御苑 旧洋館御休所

明治末から大正時代には、皇族がたびたび訪れ休憩所として利用し、大正時代後半になるとゴルフやテニスなどのクラブハウスとして使用したり、国賓を迎えてのパーティ会場としても使用していたそうです。

新宿御苑 旧洋館御休所

訪れた時は旧洋館御休所は閉館中となっていましたが、一般公開している時期もあるそうです。御苑ゆかりの植物でダイニングテーブルを飾り、皇族主催の昼餐会や晩餐会が開かれていた当時を再現する特別展示が見所の一つです。

新宿御苑 旧洋館御休所

皇室の伝統を受け継ぐ貴重な建造物、新宿御苑 旧洋館御休所。

機会があれば、一般公開している時に来てみたいですね。

それでは、また。

凉を感じる台湾風建築 新宿御苑 旧御凉亭(台湾閣)

新宿御苑 旧御凉亭(台湾閣)は、東京都新宿区内藤町にある歴史的建造物です。

新宿御苑 旧御凉亭(台湾閣)

新宿御苑 旧御凉亭(台湾閣)は、当時の台湾在住邦人の有志の方々から寄贈された建物です。庭園と台湾風の建物が見事に調和し、建物の外壁には台湾に伝わる絵画が施され、台湾風の雰囲気が楽しめます。

新宿御苑 旧御凉亭(台湾閣)

1927年に竣工された旧御凉亭(台湾閣)は、中国南方地方(福建省)の建築(ビンナン建築)と同じ様式で造られ、本格的中国風建築の日本における数少ない建物として、貴重なものと評価されてています。

新宿御苑 旧御凉亭(台湾閣)

「水の上に建つ御休息所」「夏の御散策の際に涼をとる建物」として設計された旧御凉亭(台湾閣)の中では、水辺を渡る風が心地よく、涼しさを感じます。

新宿御苑 旧御凉亭(台湾閣)

少し陰になった旧御凉亭の空間から眺める日本庭園の景色は、緑がより一層輝いて見えますね。

カタツムリ

エントランスの階段横の両サイドには「カタツムリ」のような石像がありました。

展示品

旧御凉亭(台湾閣)の一角には瓦の展示品が置かれていました。旧御凉亭(台湾閣)は改修工事を経て一般公開になったので、その時に交換された瓦などを見ることができます。

新宿御苑 旧御凉亭(台湾閣)

機会があれば、再度来てみたいですね。

それでは、また。

古き良き武蔵野の風景 徳冨蘆花旧宅

徳冨蘆花(とくとみろか)旧宅は、東京都世田谷区粕谷にある史跡です。

徳冨蘆花旧宅

徳冨蘆花旧宅は、明治の文豪で小説家の徳冨蘆花が居住した家屋です。その時の家屋は、土地や徳冨蘆花の遺品とともに東京市(当時)に寄贈され、現在まで残されています。

蘆花恒春園

徳冨蘆花は、移り住んだこの場所を「恒春園」と命名しました。その名前は現在でも引き継がれ、徳冨蘆花旧宅は、都立蘆花恒春園(ろかこうしゅんえん)の敷地内にあります。

母屋(茅屋)

徳冨蘆花旧宅のエントランスに入ると、茅葺き屋根の母屋があります。園内には徳冨盧花自身が植えた竹林やクヌギなどの雑木があり、古き良き武蔵野の風景が色濃く残っていますね。

梅家書屋

梅花書屋は1909年に蘆花が近隣の古家を購入し、移築したものだそうです。屋敷の名前は、西郷隆盛の書道の師である鮫島白鶴書の「梅花書屋」の額に由来し、母屋と踏石を渡って往復したと書かれていましたが、現在は渡り廊下で繋がっています。

秋水書院

さらに奥に進むと、明治時代のジャーナリストの幸徳秋水にちなんで命名された「秋水書院」がありました。1911年に移築された建物で、書斎と寝室として利用されていたそうです。

蘆花記念館

蘆花記念館は、家屋とともに寄贈された蘆花の作品の原稿や愛用品、手紙などの遺品を展示、公開する記念館です。

芦花記念館

写真撮影禁止となっていたので写真はありませんが、芦花記念館では数ヶ月ごとに企画展示が入れ替えられ、ボランティアによるガイドも定期的に実施されているそうです。

地蔵様

記念館の他にも、徳冨蘆花旧宅の東側には徳冨蘆花夫妻の墓碑がひっそりと佇み、蘆花記念館の目の前には立派な竹林があり、時期になると見事な紅葉を楽しむことができます。徳冨蘆花旧宅は、武蔵野の面影が残る貴重な場所ですね。

機会があれば、再度来てみたいと思います。

それでは、また。