四季の里 郡山緑水苑 牛の木・萬年亀・珪化木・水琴窟

四季の里 郡山緑水苑 牛の木は、福島県本宮市岩根河原にある木です。

四季の里 郡山緑水苑 牛の木

「四季の里 郡山緑水苑」は、福島県郡山市にある四季折々の花々や自然を楽しめる公園です。牛の木は、四季の里 郡山緑水苑のエントランス付近にあります。

四季の里 郡山緑水苑 牛の木

牛の木は、子宝神社と人々の関心を集めている緑水神社のご神木です。ケヤキの古木の牛の木は、推定樹齢600年にもなるそうです。見る角度を変えると、本当に牛の姿をしたように見えますね。

四季の里 郡山緑水苑 萬年亀

その向かい側には、亀姿をした石の「萬年亀」が鎮座しています。

四季の里 郡山緑水苑 萬年亀

こちらも見る角度を変えると、本当に亀の姿をしたように見えますね。

四季の里 郡山緑水苑 珪化木

珪化木(けいかぼく)は太古の昔、繁っていた樹木の幹が土に埋もれ化石になったものです。珪化木は木の幹が地層に埋めれている間に、温泉水や地下水に溶けたケイ酸が木の細胞の中に入り込み沈着し、木の幹全体が二酸化珪素に置き換わったもので、展示されている珪化木はビルマ産だそうです。

四季の里 郡山緑水苑 水琴窟

水琴窟(すいきんくつ)は、小堀遠州が考案した「洞水門」に改良が加えられ「水琴窟」となりました。

四季の里 郡山緑水苑 水琴窟

四季の里 郡山緑水苑では、水琴窟のやさしい音色で心を癒し、楽しむことができます。

四季の里 郡山緑水苑 牛の木

機会があれば、再度来てみたいですね。

それでは、また。

君が代にでてくるさざれ石 川口市立 グリーンセンター さざれ石

川口市立 グリーンセンター さざれ石は、埼玉県川口市西新井宿にある石です。

川口市立 グリーンセンター

グリーンセンターは、川口市が運営する川口市民の憩いの場の公園です。四季折々の花や緑の世界があります。年間を通じて各種イベントも行われています。

川口市立 グリーンセンター 芝生広場

川口市立 グリーンセンター には、石の彫刻作品や鍾乳洞岩石、ステンレススチール製のアートなどがあり、その一つに、国歌「君が代」にでてくる「さざれ石」があります。

川口市立 グリーンセンター さざれ石

さざれ石は、通称名で学名は石灰質角礫岩というそうです。さざれ石は石灰石が雨水で溶解され、その時に生じた粘着力の強い乳状液(鍾乳石と同質)が次第に小石を凝結し、数万年という長い歳月を重ねてだんだんと大きな岩となったものをいうそうです。

機会があれば、再度来てみたいですね。

それでは、また。

まるで地下神殿 魅惑あふれる神秘的な地下空間 大谷資料館 地下採掘場跡 地下編

大谷資料館は、栃木県宇都宮市大谷町にある資料館です。

大谷資料館 地下採掘場跡 階段

大谷資料館の地下採掘場跡は、1919年から1986年までの約70年の間、大谷石を掘り出すことで造られた巨大な地下空間です。地下空間へは、階段を降りて向かいます。

大谷資料館 地下採掘場跡

地下採掘場跡の広さは、140メートル×150メートルで2万平方メートルあり、野球場が一つ入ってしまうほどの大きさです。戦争中は地下の秘密工場として、戦後は政府米の貯蔵庫として利用されました。

大谷資料館 地下採掘場跡

地下採掘場跡は、柱を残しながら平場掘りで掘り下げて行く採掘形態です。立体的な構造で、順路が書かれていますが、ぐるりと回っていると迷子になりそうなほど広い空間です。

大谷資料館 地下採掘場跡

地下採掘場跡は地下を掘り下げて大谷石を採掘するため、坑内の位置が地表上のどのあたりにあるのかを知るために、天井に穴が開けられていました。きれいにぽっかりと頭上に開く穴は、非日常を感じることができます。

大谷石

地下採掘場内には、大谷石の石材の見本が置かれていました。輸送機械がなかった当時、1本が150kgもある石を「背負子」を使い、1人で1本1本背負って、採掘場から運び出していたため、人が背負える重さが定尺になったという経緯があります。重そうですが、ギリギリ背負えそうなサイズ感ですね。

「五十石(ごとう)」は、厚さ15センチメートル、巾30センチメートル、長さ90センチメートル(5寸、10寸、3尺)で、「六十石(ろくとう)」は、厚さ18センチメートル、巾30センチメートル、長さ90センチメートル(6寸、10寸、3尺)で、大谷石や白河石などが、この寸法を定尺としているそうです。

モーターウインチ

その後、電動機械の発達に伴い、モーター利用のウインチ索道が作られ、採掘場から巻上げられ運び出されるようになりました。大谷石は宇都宮の周辺で消費されていましたが、水運や馬や馬車、そして電車を使うことで遠方に運ばれるようになりました。1960年ごろになると、積み替え時に石の角が欠けたりして傷むため、積み替え回数の少ないトラック輸送が一般的になったそうです。

手掘り時代の様子

ツルハシによる手掘り時代の採掘法では「六十石(ろくとう)」を一本掘るには、4,000回も腕を振ったそうです。一人の石切り職人の採掘量は、1日で約10本でした。

機械堀の跡

1952年になると石材協同組合内に「機械化研究会」が設けられ、機械が試作されました。1960年になると全採掘場が機械化され、一人の石切り職人の採掘量は5倍の50本ほどになったそうです。

大谷資料館 地下採掘場跡

坑内の年平均気温は8度前後で、湿度のやや高めな大きな冷蔵庫といった感じです。地上は暖かくても、地下採掘場跡に入ると寒く感じるので、ジャケットなどを持っていくとよいかもしれませんね。

大谷資料館 地下採掘場跡 スタジオ実績

地下採掘場跡は、コンサートや美術展、演劇場、 地下の教会、写真や映画のスタジオとしても注目を集めていて、過去の撮影時の様子が写真に収められ、飾られていました。

大谷資料館 地下採掘場跡 オブジェ

有名華道家による作品の展示も行われています。地下採掘場跡は、闇に包まれていますがポイントごとに照明が置かれているので、神秘的に見えます。

大谷資料館 地下採掘場跡

地下へと続くなだらかな傾斜がありました。地下にいると太陽の光が恋しくなりますね。自然な光の太陽光がとても眩しく見えます。

大谷資料館 地下採掘場跡

魅惑あふれる神秘的な近空間の大谷石地下採掘場跡。

機会があれば、再度来てみたいですね。

それでは、また。